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箱庭の森

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薔薇と猫にかこまれ、絵や人形を童話のように創作する日々

④視力の回復が進み挨拶ができるようになるまで
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1月12日
連休明け、とにかく前向きに頑張ろうと意気込みリハビリの内容も充実する。
朝の作業療法(OT)リハビリの先生に「HPを見たよ」と言ってもらい涙が溢れる。
リハビリの先生から天気やニュースの話を聞くのが唯一の楽しみでした。
リハビリテーション総合実践計画書を作成するが、この日のADL(Activities of Daily Living)『日常生活動作』の点数は0点。(ひらがなで署名するが見えない)
看護学校の学生さんが挨拶に来る。(担当してもらうのは社会人枠で入学した方)
言語聴覚療法(ST)リハビリの先生の許可が出てこの日から口からの食事(ムース状)が始まる。
昼食は看護師さんにスプーンで食べさせてもらっていたが、夕食は(看護師さんが忙しそうなので)自分で食べ、歯磨きまでしたら凄く驚かれた。
ほとんど目が見えていないので、注意しながら手探りでした。
ベッドを起こして食べるのですが、首が座っていないので10分が限界…けれど食べてすぐは寝かせてくれないのでかなり辛かった。(看護師さんは首が座っていないことを分かっていなかったかも)
起きているのが辛いので早く食べて横になりたくてノルマ(3分の2以上)を必死で達成する。(ノルマを達成してゆくと食事レベルが上がり水も飲めるようになる)
午後の理学療法(PT)リハビリではベッドから車椅子に移動する練習をした。
眼鏡をかけて5㎝位まで近付ければ手首のタグの名前が読めるようになったが、すぐに疲れるため眼鏡をはずす。
主人が会社帰り(19時~面会時間の終わる20時まで)来てもらうのが申し訳なくて、「来てくれるのは嬉しいけど、明日は無理してこなくて良いよ。寂しいなら来ても良いけど」という。
入院直後の主人が悲しい思いをしたという話は「涙が出るから駄目」
次の休みに庭作業を少し頼んだ。
頭痛とこの日あたりから夜も意識がハッキリして夜中に何度も目覚めるようになる。
まだ夜はミトンと安全ベルトでベッドと固定されているので身動きが取れない。
ミトンの中で指を動かして自主的にリハビリ。
別の階から「おーい、おーい」と夜中に叫んでいる人がいて恐いが、気持ちが前向きになっているので大丈夫。

1月13日
朝、作業療法(OT)リハビリの先生が来られるのが楽しみ。
担当になった看護学生さんにこの日は髪を洗ってもらって編み込みをしてもらった。介護の仕事をしていたそうで手慣れている。話し相手位に思っていたのにとても優秀で頼もしく楽しい。
昼食は車椅子に座って食べ、歯磨きも終わったが、看護師さんが忙しくてなかなか個室には来てくれない。
首が座っていないので痛くて耐えられなくなり、気が付いたら2時間ほど汗だくでテーブルにうつ伏せになっていた。
車椅子に座っていることも出来ないことに今後が不安になる。
理学療法(PT)リハビリでは歩行器で廊下まで歩く練習をした。
少しでも歩けたことに気持ちが上向きになった。
正直まだ早いと思っていたけれど、あと一週間歩く練習が遅ければもう一か月入院が伸びていたんじゃないかと思う。歩けなくなってから19日目、まだ歩く感覚が残っている。
担当医から市民病院は救急なので長期リハビリのためソーシャルワーカーと相談して回復期リハビリテーションを行っている病院へ2月の初めごろ転院の調整を予定とのこと。
指定難病医療費助成制度の診断書の作成は2~3週間かかるとのこと。
この日の夜はぐったり、座っていられなかったことのショック…気持ちの問題が大きいかもしれない。

1月14日
安全ベルトやミトンが無くなり自由に動かせるようになって指先の感覚が戻る。
午前の作業療法(OT)リハビリは車椅子で6階の病室から1階のリハビリ室まで連れて行ってもらいコップを動かす訓練をする。
平衡感覚が無いのと首が痛くて車椅子での移動が辛く、着いてすぐは頭痛と吐き気で気持ちが悪くなる。特にうつむく姿勢がフラフラとする。リハのはじめにマッサージと首のストレッチをするのが良い。
言語聴覚療法(ST)リハビリが一番辛い。疲れてくると目が回って口の中が泡々になる。
ベッドに戻ったらぐったり、直ぐに横になって休む。
午後の理学療法(PT)リハビリでは歩行器でナースステーションを一周歩く練習をし、看護師さん達に凄く驚かれる。
車椅子で介護用トイレに連れて行ってもらった。
実は意識がハッキリしてから一度もオムツに出来ず溜まってたのですっきりした。
ベッドの脇に腰掛けて食事が出来るようになる。
昨日は座っていることも出来なかったのに一日で進化したことに驚いた。
目も壁紙の縦縞がなんとなく見えるようになる。
色はハッキリ見えず、全体に白くて眩しくずっと涙目
眼鏡は10分くらいかけていると疲れるので外す。
夜は少し肌寒く感じる。
目覚めてからずっと暑くて夜中もお腹にタオルし掛けていなかったけれど少しずつ普通の感覚が戻ってきたのか?
おかげで雪の降る中外で傾いたベッドに寝ていて6階から1階へ転落しそうで踏ん張っている夢を見る。(平衡感覚もまだ戻っていない)
目覚めてからまた別の階で叫んでいる人がいて眠れない。

1月15日
朝、点滴の針を入れる場所が無く何度も何度も看護師さんが失敗して「ごめんね~」と言って立ち去るが、そのおかげか口からの食事も始まって問題も無いことから点滴も鼻のチューブも尿のカテーテルも管を全部外してもらいすっきりする
看護学生さんに手と足をお湯につけて丁寧に洗ってもらう。管を止めるテープの粘着汚れがとれて綺麗になった。良く気の付く学生さんで嬉しい。
水も飲めるようになったが、とろみのついた食事は辛くてノルマをこなすのが精いっぱい。
午後、感染症患者が出たため急遽6人部屋へ移動になる。
高齢者の寝たきりの方ばかりの部屋で、「死にたい」「首が痛い」「仕事辞めたい」「お米買ってきて」と言い続けている方々や息子さんの名前を連呼していたり、歌っていたりでハードでしたが来週まで我慢してと看護師さんに言われ覚悟する。
高齢者の多い部屋は暖房が暑く、さらに良く陽が射すので眩しくてカーテンを閉めてもらう。
リハビリは頑張りすぎるより慎重に、転んだり人にぶつかったりしないように注意を心掛けている。
夜、主人がやっと薬を飲むためのとろみの粉を買ってきてくれるが水が飲めるようになったので要らない…。
スケジュールの確認をし、予定をいくつかキャンセルする。
ミトンも安全ベルトも管類も無くなったので自主的にベッドの上でストレッチをする。(首が痛いので頭部は動かさないように)
夜中騒がしい高齢者の部屋に居ながらこの日はよく眠れた。(6時間位)

1月16日
高齢者の部屋は訪問者が多く、また耳も遠いので大きな声で話すので騒がしい。
暖房も効いていて陽当たりも良く、眩しくてカーテンを閉めているし、ただでさえ体が熱いので暑くて仕方ないが我慢する。
目がほとんど見えていないのでこの部屋に何人ぐらいいるのか声で想像したり、ずっと文句を言っているより陽気に歌っているおばぁちゃんになりたいなぁと思ったり、オムツを替えると気持ち良くて一斉に眠りにつくのが面白かったり、1人が目覚めて話し出すと連鎖して騒がしくなったり、優しくしてくれる人にどんどん我儘になっていくし、血圧のせいで全くご飯を食べないのに血圧を下げる薬を信用できないおばぁちゃんや、わざわざオムツを脱いで排泄しちゃったりそれを触っちゃったり…頭がしっかりしていて身体が動かなくなるよりボケた方が幸せだし、次に死ぬのが恐いと思うようになった。
何だかんだこの部屋での様子を楽しみながら考え事をしていた。
可哀想に思ったベテランの看護師さんがデイルームに連れて行ってくれたのですが、首が座っていないので辛くて机にうつ伏せになっていた。
介護用トイレまで車椅子で移動だったのをリハビリのため歩行器にしてもらうようにお願いする。
夕食の時間に主人が来てくれてデイルームで食べた。
ノルマの三分の二をクリアするのに必死。
眩しいのでサングラスを買ってきてもらうように頼む。(出来るだけ派手か面白いの)
看護学生さんにしてもらった編み込みが乱れたので自分で三つ編みをする。(土日はお休み)
寝るときは平衡感覚をつかみたくて枕をはずし、食べてすぐは消化の為になるべくベッドを起こし、起きているときは20度くらいにしていた。(退院まで)
自主的にストレッチや字を書いたりお箸を持ったりの練習をしていた。
長い間水分を摂っていなかったのですっかり慣れてしまいほとんど飲んでいなかった。
この日から退院まで一日3時間位しか眠れなくなる。

1月17日
お昼に出たトンカツ(豚肉のミンチに衣をつけたもの)で一日中気持ち悪くなる。(もともとシュウマイのような蒸した豚肉でも気持ち悪くなる)ねっとりしたものばかりで辛くノルマをクリアしてレベルを上げることに必死。
この部屋は一番大変な部屋だからと移動願を出すよう看護師さんに言われる。
主人に面会に来てもらうのが申し訳なくて、週2回くらいで大丈夫と伝え、カレンダーを作り来てもらう日をメモした。
思っていたより面白くないサングラスを買ってきたけれど、かけているとずいぶん楽。
デイルームで夕食を食べるも首が痛くて直ぐにベッドに戻る。
右の顔の辺りに違和感を感じ、歯磨きのうがいのときに少し水が漏れるようになった。
主人が疲れているのが分かったので早く帰ってもらう。
夜中におばぁさんが「首が痛い、痛い、お願いします、お願いします」ずっと看護師さんを呼んでいるので何度かナースコールを押して呼んであげたり、違うおばあちゃんがオムツ脱いで排泄しちゃうのでシーツ変えたと思ったらまた同じことの繰り返しで、右隣のおばぁちゃんは私との間のカーテンを開けたり閉めたり、左隣のおばぁちゃんは歌いだしたり、それに反応して全員バラバラに話し始めたり。相変わらずで寝ていないのを心配して下さったのか看護師さんが気を遣ってくれてリカバリールームにベッド事移動して下さった。
私としてはこの部屋でも大丈夫だったのですが…。隣のおばあちゃんの昔の美しい歌(李香蘭とか月の砂漠)が聴けなくなるのが少し寂しかった。
以前リカバリールームにいた時の記憶はほとんどない。
奥に一人入院されったばかりの方がいらっしゃったが、とぎれとぎれに4時間ほど眠れた。

1月18日
午前のリハビリから戻ってきたら部屋が変わっていた。
昼食の様子を言語聴覚療法(ST)の先生が見に来られ、食事レベルが上がる。
顔右の痺れが出てきたことで右の唇の動きが遅くなる。
発音や嚥下には問題はないものの、今まで出来たいたことが出来なくなるのはショック。
右目の下あたりから鎖骨辺りまで痺れている(背中からお尻と両腕の痺れは以前からあるが、足の痺れは無くなった)
相変わらず右後ろ頭と首の痛み、それをかばうからか左肩甲骨辺りの痛みがあり、頭を固定していないと辛い、頭を下に向けると気持ちが悪くなるので食事は下を向かないように机を下げないで食器を上げて食べ、歯磨きはうがい受けを持ち上げる。
1階のリハビリ室への移動は着いたらフラフラで、帰ってきたらベッドに倒れこむ、退院するまで必死だった。
寒さを感じるようになりはじめて布団を羽織るようになる。(体温は36度後半)
部屋の前がトイレなので介護トイレから普通のトイレを利用するようになるが、まだその度に看護師さんの付き添いが必要なので申し訳なく思う。
理学療法(PT)リハビリでは平行手すりを持って歩く練習。
なるべく持たないように、平行を意識してゆっくり歩く方が難しい。
前の病院のパジャマが紛失しているらしいが、結局見つからず看護師長さんが電話して下さり弁償しなくて良くなった。
主人は疲れで会社を休んでしまったらしいが面会には来てくれた。
昨日作ったカレンダーで来てもらう日ではなかったので「来ちゃダメじゃん!でもありがとう」という。(多分来るだろうと予想はしていた)
夜はとても静かで『これが普通の病室なのか』と思う。(けれど3時間位しか眠れない)

1月19日
トイレが近い部屋は目の手術入院の人が多いのか、眼科の先生が「部屋から富士山が見えるよ。雪が降って綺麗だよ」と術後の患者さんに話しているのが聞こえ私も見てみたいのに看護師さんが一緒でないと移動できないし、この日の朝は余裕のない看護師さんで「見たいと」言ったら怒られほんの3~4mの距離が移動できず悲しい思いをするが、午前のリハビリの帰りに違う看護師さんに言って窓辺に寄ってもらい、ぼんやり富士山らしい風景が見えて感動する。
神々しい姿に病気が早く治る様に思うのです。
そうしたら本当にこの日眼球が少し動くようになる。(1mm程)
作業療法(OT)リハビリではお箸を持ってスポンジやビーズをお椀から移動する練習をした。想像していたより簡単に出来た。(手先を使うのは問題なく器用にこなせる)
理学療法(PT)リハビリでは手摺無しで歩いてみる。初めはスポーツ選手が使う片方だけの松葉づえを試してみたが、平衡感覚がおかしいので片側に重心をかけると転びそうになる。何も持たずにペンギンみたいにパタパタ歩く方が出来た。
足を開いて歩いているのが気になるが、自然に閉じてくるらしいので転ばないように歩く感覚を体になじませることに気を付けてみる。
パンツ型のオムツに変更する。(もう普通のパンツで大丈夫なのですが主人が洗濯出来ないため暫く我慢する)
主人が面会に来てくれるが、またカレンダーで来てもらう日ではなかったので「来ちゃダメじゃん!でもありがとう」という。(多分来るだろうと予想はしていた)
手帳を持ってきてもらったのでスケジュールの確認、メールの内容を伝え代筆してもらう。

1月20日
日々視力が回復しているのが分かる。
一昨日はこの部屋に何人いるのか分からなかったけれど、昨日は人数が把握できるようになり挨拶し、この日は向かいの方の髪の長さまで分かるようになる。
明るい間起きているときは眩しくて涙目でサングラス、ベッドに横になると眼帯をしていた。
眼帯は自主的でもともと乱視と斜視で右目でしか物を見ていないのですが、子供の頃学校から帰ると右目に眼帯をして左目を動かす訓練をしていた。
物が見えるにつれて気が付いたら左目をつむり右目しか使っていないことに気が付き、このままでは左目の動きが悪くなるんじゃないかと心配になったからです。
隣のベッドの方はリカバリールームから一緒で同じように難病らしいが、隣だとカーテンで仕切られているので話が出来ない。
旦那さんやお子さん、お友達が毎日のように訪れていてとても羨ましい。
私もそろそろお友達に来てもらおうかなと思い始める。
看護学生さんが優秀で嬉しい(かなり頼っている)
隣りの方の学生さんはまだ若くて、とても良い子ですが社会経験の差を感じる。
同部屋の方はだいたいTVカードを買ってテレビを見ているのですが、私は目の回復に良くないだろうし、本も読めず、音楽も聞かず、ひたすら考え事をしていた。
リハビリで疲れていることもあって時間はあっという間に過ぎていく感じがする。
そして病院の食事が多くて困っているのに、他の方はだいたい完食することに驚く。病気のせいで食べられないのではなく、普段から小食だったことに気が付く。フルーツとかデザートも毎日食べるものなのか?ダイエットをしているわけではなく、一日(一回ではない)で食べるお米は50g~100g程度だったから、自分の体の燃費の良さ…つまり代謝の悪さに悲しくなる。おかずはなるべく食べ、お米は最低でも一口は食べるように頑張った。
ノルマがあるので必死で食べるが、入院中に10kg位太ったんじゃないかと思う。
この日は主人は来ず『ゆっくり休んで~』と願う。
(主人は病院の前に着くのにバスが嫌いで、会社の帰りは地下鉄の駅から公園を横切って来るし、面会時間は20時までなので40分位しか居られない。帰りは一時間かけて家まで歩いて帰る…。)
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# by zakuro-ami | 2016-04-14 22:14 | ビッカースタッフ脳幹脳炎 | Comments(0)
③意識がはっきりして状況を把握するまで

1月4日
横浜市立市民病院への転院眼球に動きが無く握る強さから脳幹に影響と診断。
ミオクローヌス不随意運動(複数の筋肉群が同時に素早く収縮する自分の意志とは無関係な運動を起こす。てんかん発作症候の一つ。しゃっくりも同じ。)
ルンバール(腰椎穿刺)検査
両腕を上げる検査では左が弱い。
深部腱反射消失(脚気を見るときのゴムハンマーで叩くが反応なし)
身体抑制(不随意運動による転落や点滴・カテーテルを抜いてしまわないように防止)腰に安全ベルト・ミトン型手袋
酸素吸入
点滴注射
鼻腔栄養
ビッカースタッフ型脳幹脳炎の診断。(生命中枢である脳幹を主座としておこる 炎症性自己免疫疾患・指定難病)
※先生も30年医師をしていて初めて担当、教科書でしか見ない病気とのこと。
検査の後HCUへ移動。《high care unit》高度治療室
単語で喋るが意識はない。
「横向きたい、首、下」自分で枕を引き抜く。
「痰、とって」
「咽喉、渇いた」水が飲めないため脱脂綿を湿らせたものを口にあてる。

1月5日
弾性ストッキング・間欠的空気圧迫法(肺血栓塞症防止のため)
不随意運動無し
リハビリが始まる
※この日のリハビリは記憶にない。
※文章ではなく単語で話していたらしい。
まだ意識が朦朧としていて現実か夢なのか分かっていない状況ですが、単語で会話が出来るようになる。
「喉、渇いた」嚥下障害で水が気管から肺の方へ流れ込み、誤嚥性肺炎を起こす恐れがあるため口から飲めない
「水、欲しい」
「拭いて、ティッシュ、目のまわり」まだ全く目は見えていない。
「首、上げて、枕」
首の上下の安定を気にする。
 ※首が座っていないのと平衡感覚がつかめなくなっているので枕があると不安定な感覚になる。
 ※いつも左側を向いて寝るので自分の手を枕にする。自分の手だと安定(安心)する。
 ※頭側の方にずり落ちそうな感覚が20日位まで続く。
病気を説明されて「わかった、頑張る」「本当?」
 ※この辺りからぼんやりと数分間記憶がある。
飼い猫(コペルとノア)の話をすると笑顔の表情を作る。
ノアが主人の膝に乗る様になった。「寂しい×××」(呂律が回らない)
 ※ノアは甘えん坊なので私が居なくなったので寂しくて主人の膝に乗ったと思うと伝えたかった。
「会社、行って」夢か現実かはっきりしなくても一番気にしている事。
「寂しくない?」と聞かれて首を横に振る。
この日は母と妹が来てくれた記憶はない。(5日~7日の面会時間)
妹と母は私を見てもはじめ別人だと思って他のベッドを探したそうです。
微動だにせず、目は開けているけれど置物のようで生きているとは思わなかったらしい。

1月6日
HCUからリカバリールームへ移動。
看護師さんに名前と場所、日付を聞かれるが間違って答えている。
リハビリの記憶は無し。
まだ意識はぼんやり。
午後から父・母・妹が来てくれる。
「良かった、良かった」と言っている言葉が聞こえて、自分が助かったことを知って安心する。
 ※この言葉が後に前向きな思考になりました!
「暑い、冷房つけて」
 ※身体がとても熱い。(熱は36度後半~37度前半)
 ※不随意運動でベッド柵に打ち付けないよう四隅をフエルトで覆っているのと、マットとシーツの下に尿漏れ防止のビニールシートが敷いてあるので熱がこもる。血栓防止の弾性ストッキングで足が熱い。 ※看護師の方がマットを多用して向きを変えてくれるのですが、首が座っていないので頭が痛い。(凄く痛がっていたらしい)
 ※平衡感覚がつかめないのでベッドの昇降も分からない。
 ※腰に安全ベルトでベッドに固定されているので自分で向きがかえられないし、手にはミトンや管で繋がれているのでフトンも着られないしナースコールも押せない。
とにかく死にそうなほど喉が渇いている。(水は飲めないのでスポンジで湿らす)
 ※この頃は町や人が渇いて砂漠になっていくような夢を見ていた。
母と妹にうちわであおいでもらったり、アイスノンを足元に置いてもらった。
 ※この日の記憶もとぎれとぎれに数分程度。
「おむつがMだと小さい?」と母と妹が話しているのが聞こえて「L」と声を振り絞って言ったのを覚えている。
未だ夢か現実かはっきりしていない状態。
 ※自分の目が見えていないことを知らないので、目を開けていても起きていると思っていない。
 ※ここは病院なのか、水場が部屋にあるなとか、係りの人は常にこの部屋にいないとか、布団を着ていなくても風邪をひかないのは温度調整がされている空調設備がある部屋だなとは思っていた。
点滴の針を刺す場所が無くて看護師さんたちが苦労しているのを申し訳なく思っていた。
主人が来た時に「何か話して」と言う。
 ※徐々に頭がクリアになって来て、現実か否かを確認したかった。

お守りがどんどん増えてゆく。
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1月7日
この日のリハビリも記憶が無い
死にそうなほど喉が渇いている。
 ※水は飲めないので母に何度もスポンジで口を湿らせてもらう。(硬く絞り過ぎて全く潤わない)
 ※ほんの一滴でも良いので水が欲しくて、咽喉の動きは自分では大丈夫と分かっているので悲しかった。
身体が熱い。
 ※妹にうちわで扇いでもらうが顔に風があたると息が出来ない。
平衡感覚がつかめないのでベッドが少し揺れただけでも気持ちが悪くなる。
父と看護師さんが話しているのを耳を澄ませて聞いていた。
 ※後に看護師さんにこの時の話を覚えていると言ったらビックリされた。この病気が珍しくて興味があるらしい。
記憶がはっきりしてきたのはこの頃から、けれどいつの間にか家族が来ていつの間にか帰っている、数分起きては眠るを繰り返していたと思われる。
懐かしい家族の関西弁に心が和む(夢に出てきたお米の妖精に似ていると思った)
多分夕方ごろ、豆粒程の大きさで光を感じるようになる。
夜には視界が3㎝位に広がる。
そして意識もはっきりとし、話し方が自然になって短い文を話すようになる。
 ※この日の夕方に急激に良くなる(目に光を感じたからかな?)
「脳幹脳炎について教えて」
 ※主人から意識を失っていた話を聞いた時、正直そんな漫画みたいなことになっていたなんて面白い!と思いました。ますます夢か現実か分からないけれど、こうやって生き返った意味は『絵を描きなさい』それが答えだとすぐに理解した。
「髪を切りたい」
「爪切って」
「今度眼鏡持ってきて」※主人の指2本がぼんやり見えたので。
心配な急ぎのスケジュールの確認。
「ボタニカル」※ボタニカルアートの教室の件で連絡して欲しい。
「人形教室」※生徒へ連絡して欲しい。
「年賀状出して」
「コペル(猫)病院」※薬が無くなるから。
「これ、現実?」3~4度繰り返し聞く。
 ※スケジュールなど現実で心配なことを聞きながらもまだ信じられない。
「夢を見た、辛い夢を見た、今、夢、楽」
 ※意識が戻るまでの間たくさんの恐い夢を見た。私の場合知っている人は1人も出て来ないので現実と混乱することはなかった、けれど精霊とかその土地に根付いた念みたいなもの(蟲師みたいな世界)とか自然の驚異のような自分ではどうにも出来ない怖くて苦しい夢。今見ている夢は怖くなくて楽になった。
「それ(ナースコール)押せない」※ミトンをしているので。
「しものせわ」
 ※おむつを替えて欲しいのに汚れていないので変えてくれない。暑くて蒸れているので看護師さんにお願いするけどやっぱり変えてもらえない。(おむつを替えてもらうととても気持ちが良いのに…)
アイスノンを新しいものに変えてもらう。
「最後に反対向けて」「専門家呼んで」
 ※向きを変えて欲しいけれど安全ベルトで腰を固定されているので主人では無理で看護師さんを呼んでほしいという意味ですが、目が見えていないので向きを変えてくれているのが看護師さんだと分かっていなかった。
 ※結局自力で向きを変える
夜中自力で向きを変えることが出来るようになったので、手を枕にして横を向き、若干下に顔を向けると唾液で喉の渇きが楽になることを覚える。以降この方法で水が飲めるようになるまで耐える。
ミトンをしているため布団が上手くかぶれない。首が座っていないので右後頭部が痛くて時間ごとに少しづつ向きを変えないと辛いのと、平衡感覚がつかめず枕をすると頭が宙に浮いているみたいで不安定で酔いそうになるので自分の手を枕にしていると手も痺れる。布団が暑くてお腹に厚めのタオルだけになり、ベッドのまわりのマットや下に引いてあるビニールのシートで動く度に更に熱くなって辛い。行儀は悪いがベッドの柵に足を掛けるのが涼しい。この日はアイスノンを太ももの下に引いてしのいだ。
ミトンでナースコールも押せないので「すみませーん」と何度も看護師さんを呼ぶのも申し訳なかった。
夜中に声を出して看護師さんに怒られたり、看護師さんたちが私のことを話しているのが聞こえるのも辛かったけれど、ギリギリまで我慢して仕方なく呼んでいるので『これが生きる力だ!』と思うようにしていた。

1月8日
朝から意識がはっきりしている
看護師さんに日付や場所を聞かれるが、「分かりません」と答える。
 ※むしろ今までは何と答えていたのか???
点滴の針が入る場所が無く看護師さんが何度も苦労して入れているのが申し訳ない。
視界が10㎝位に広がる。
リハビリの先生が来られて、優しい声で話されるのがとても良かった。
天気やニュースの話を聞くのが楽しくて、絵を描いていることを話した。
ベッドごと地下の検査室に運ばれる。
まだ明暗くらいしか視力が無いので状況が把握できない。
何の検査をしたのか分からないけれど、とても寒いのを動かないように頑張っていた。
 ※レントゲン?
その後お風呂に連れていかれたのですが、ストレッチャーで吊られ、何だか分からないうちに終わった。
 ※後で看護師さんに「怖かったでしょ?」と言われたけれど、どちらかというと楽しかった。
看護師さんに髪を乾かしてもらって髪を結ってもらうときの方が辛かった。
 ※首が座っていないので座っていられないし、寝ている間に不随意運動で髪にブラシが通らないほどもつれていた為、ガシガシとかれて頭が痛い。
 ※髪が切りたかった。
午後のリハビリは「今から始めます」の次に「終わります」と言われて凄く驚く。
 ※どうもその間に寝ていたらしいw
 ※後で聞いた話、「それまで単語で話していたのに、ある日敬語になっていた。」のはこの日だと思う。
眼鏡をかけてみるが何も見えず。
夜中の状況は前日と同じで辛かった。
平衡感覚もずっと変で頭側にずり落ちそうだったので、落ちそうで踏ん張っているような夢を見ていた。

1月9日
土日祝はリハビリがお休み。
この日以降、朝に看護師さんに日付と場所を聞かれてハッキリと答えられるようになったと思う。
主人が連休でゆっくり話が出来た。
「今日コペル(猫)を病院に連れて行ったよ」と言われ驚く。
 ※自分が長い間意識を失っていたことを知らないので『先日病院に行ったばっかりなのに…』と思っていた。
 ※まだ現実か夢か疑っていたのではっきりさせようと試みる。
届いていた年賀状やメールを読んでもらう。
展覧会の予定や教室などスケジュールの再確認。
「写真撮って、見えないから記録として」
 ※自分がどのように見えているのか気になった。
眼鏡をかけると10㎝位のところがぼんやり見えた。
瞼を開けると黒目が上下に動いた。
「今日病院に泊まって」→個室じゃないので無理(リカバリールーム)
「恐ろしい夢を見ていた。昨日もちょっと怖かった。」
アイスノンでお腹を下す。
喉の渇きはスポンジで喉を潤してもらう。
起きている時間が長くなり、夜が長く感じる
目がほとんど見えていないので自分のいる空間をいくつも想像するような夢を見ていた。

1月10日
昼間ミトンとお腹の拘束具をはずしてもらう。
使っていない枕や布団を整理してベッドが広々とする
視界が全体に広がる
「昨日は明るさと(指の)本数位、今日は部屋の大きさと間取りが分かるようになってきた。昨日より手が動かせるようになって意識がハッキリしてきた。」
巡回で来た担当医に「目は時間がかかるけど良くなるから」と言われる。
右目が上下左右0.8mm程動くようになる
沢山見た夢を話す。
 ※意識がはっきりしない間に見ていた(15冊くらい本が書けそうな)夢を忘れないようにメモしてもらう。
「これって現実だよね?」
 ※そして事態を受け止める

1月11日
個室に移動。
昼間ミトンとお腹の拘束具をはずしてもらう。
眼鏡をかけると昨日より見えるけれど疲れるので1~2分ではずす。
 ※色や立体感が無く白地に線で描いたイラストのように見える。
耳が痒い、髪が邪魔。
 ※痺れはあるけれど身体の感覚が戻ってきた
ベッドの頭側を上げても頭側にズリ落ちそうな感覚は変わらないし、上げると首が座っていないので痛い。
主人に代筆してもらい、メールを4件送信する。
後遺症が残った時の自宅改装案を話す。
「昨日話し過ぎて疲れた。」
 ※この日は長く話すと疲れた。
 ※主人の3連休の間に聞いておきたいことを確認し、話しておきたいことを伝えて安心し心の整理が出来た。

この時期の症状。
・全身の痺れ
・視力は近くが輪郭程度(眼球もほとんど動かない)
・頭痛(右後頭部)
・体が熱い(体温は36度後半)
・平衡感覚が変(頭部にずり落ちそうな感覚)
・首が座っていない。
・若干呂律が回らない。
・凄く疲れやすい。

※連休明けの明日からまたリハビリが始まるし、まずは水が飲めるように頑張ろう。
※生き返ったのには意味があるはずだから、元に戻れるように頑張ろう。今までは新しいことに挑戦してきたけれど、これからはじっくり腰を据えて、これまで培ってきた技術を生かす折り返しの機会なのではないかと思う。
※この病気の患者は先生もですが看護師さんも初めての担当で分からないことが多いので、自分の症状は自分で考えて工夫しようと決める。
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# by zakuro-ami | 2016-03-27 12:08 | ビッカースタッフ脳幹脳炎 | Comments(0)
②入院から病名が分かり転院するまで
 ※意識不明のため主人の記録と診療明細書より

12月27日
脳神経外科病院に入院
※頭部断面、脳に影は無く正常
※左副鼻腔下部に影(膿)

12月28日

留置カテーテル
髄液検査によりウイルス性脳炎と診断
血液製剤、献血グロベニンを静注(重症感染症の場合、患者本人の免疫グロブリンが大量に消費されてしまい病原微生物に対する排除能力が低下する為、グロブリンを外から補充する)
アシクロビルを限界ギリギリまで点滴(ヘルペスウイルスに効果的な薬)
肺炎(細菌)対策
ウイルス5種検査
※衛生面から面会滞在時間が30分までに限定
※母が言うには顔面蒼白で描いた眼みたいに眼球が動かず人形みたいだった。

12月29日
熱が下がる。
手足とも不随意運動で足に痣や一秒ごとに舌を出す。
酸素吸入

12月30日
腕を叩きながら呼びかけると右目を2~3mm開く。
褐色の痰

12月31日
右手を握る反応
左右とも足をくすぐると丸める。
「いっぱい話しかけてください」

1月1日
声掛けに反応
苦しい時には右腕を折って上げる。
トマトジュースみたいな痰

1月2日
声掛けに反応
名前を聞くと不明瞭だけれどもフルネームで答える。
繰り返し何か言うが聞き取れない。
呼吸はヒューヒューというレベル。

1月3日
不随意運動が激しい為鎮静剤を注入
発汗
腹部CTで抗NMDA受容体抗体脳炎(映画エクソシストのモデル)ではないと判明。
「ぷしぇしぇ」という謎の言葉
「起きる」「起こして」「トイレ」「ごめん」「おしっこ」と言う。
※トイレを我慢している夢を何度も見ていたのはこの頃だと思う。

1月4日
ウイルス検査(水痘・サイトメガロ・ヘルペス等)すべて陰性という結果から自己免疫系の脳炎の可能性が高まり、神経内科への転院が望ましい。
急遽、横浜市立市民病院への転院が決まり救急車で申し送りとなる。
※ゴミと一緒にトラックで外に運ばれた夢を見たのはこの時じゃないかと思う。一瞬外の肌寒い感じがしたのと、トラックに一緒に乗った看護師さん2人に優しくしてもらって「助かった」と思った。看護師さんたちは表情が無くて目や口の中がブラウン管TVの砂嵐みたいだった。

脳波
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画像診断 CT撮影・MRI撮影・X-P撮影
点滴注射 ビーフリード・セフトリアキソンナトリウム・テルモ生食TK・グリせノン・アシクロビル・大塚生食注・ラニチジン・ソルメルコート・アレビアチン・献血グロベニン・生理食塩液
処置 喀痰吸引・留置カテーテル・酸素吸入
検査・病理 血液検査・心電図検査・呼吸心拍監視・血糖・経皮的動脈血酸素飽和度測定・髄液検査・腰椎穿刺・単純ヘルペスウイルスDNA抗原検査・水痘帯状ヘルペス検査・サイトメガロ検査・PL・脳波検査・血液学的検査・免疫学的検査・B-C反応性蛋白・梅毒トレポネーマ抗体定性・HBs抗体定性・HCV抗体定性・微生物検査・糞尿便等検査・生化学的検査10項目以上 他
リハビリテーション
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# by zakuro-ami | 2016-03-10 01:37 | ビッカースタッフ脳幹脳炎 | Comments(0)
①先行感染(風邪?)から意識を失うまで

ちょっと記録としては長くなってしまうのですが、気持ちの状態も残しておきます。

12月前半は制作て徹夜したり、ギャラリー巡りをしたり、食事会があったりと毎日忙しく動き回っていた。

12月16日
お友達のライブへ行く。
仙骨滑液包炎でずっと座っていられるか不安だったので一番後ろの端っこに居た。
アンコールの時に私に気付いて手を振ってくれてとても嬉しかった。
暫く活動を休止するらしく、最後に行くことが出来て良いライブで大満足でした。
久しぶりに会う友達もいて、探していた人にも会って目的も果たせてホッとする。
出口付近で大声で喚いている人がいて嫌な気分で頭の中がぎゅっと痛くなる。
疲れのせいか出口を間違えて転んだ。
帰ってから微熱があったので早めに就寝。
夜中39度まで熱が上がる

12月17日
38度後半の熱が続く。
熱と咽喉の痛み。
鼻からズルッと大量の血痰が出て、脳味噌が融けたのかと思う程。
インフルエンザとは明らかに違う嫌な感じ。
友達と三浦半島へ行く予定をキャンセル。

12月18日
39度の熱と咽喉だけが痛い
人形教室を休講。
夕方近所のおばぁちゃんが救急車で運ばれて行った。
窓から眺めながら心の中で『私も乗せて行って…』と呟いた。

12月19日
38度後半の熱と血痰。
朝のゴミ捨ての時に昨日運ばれたおばぁちゃんが施設に入るため、もう家に戻らないと聞いてショックを受ける。
おばぁちゃんが何時も座る窓際から我が家の薔薇が見えるのを楽しみにしていると聞いていたから。
熱があって辛いのに食材が無い為いつもなら15分の坂道も1時間位かかってフラフラになりながら買い物へ行く。(こういう時に動いてくれない主人に凄く怒っていた)


12月20日
37度前半の微熱。
微熱だと思っているけど、平熱が34.9度~35.1度なので無理しないでいた。

12月21日
36度に下がり、鼻水が出る。
大掃除やクリスマスの準備や庭の薔薇など気になっていたけれど、普段の家事と年賀状の準備くらいしかできないでいました。

12月22日
38度の熱と鼻水。

12月23日
36度に下がり、右顔面の鼻の奥が少し痛い

12月24日
熱は無いけれど鼻に違和感があったので耳鼻咽喉科へ行く。(内科の病院が休診日だったため)
ジェニナック錠(細菌を殺し感染症を治す作用がある)を服用して蕁麻疹が出る。
実はこの薬で蕁麻疹が出たのは2回目。
この日は忙しくて夕方蕁麻疹が治まってからフラフラになりながら出かける。
裏のおじいちゃんに毎年ケーキを焼いて喜んで貰っているけれど、今年は買ったケーキのお裾分けになってしまった。
何とか用事を済ませてぐったりしていると、身体が冷えて周囲が暗く感じる。
主人の帰りが遅く、結局一人で寂しくローストチキンとサラダを食べて寝る。

12月25日
朝から夕方位までぐったりして寝ていた。
夕方庭の掃除と少し薔薇の手入れをする。
主人が食べなかったローストチキンを私の夕食にする。
冷たいままだったからか全く美味しく感じない。
妹から電話があって長い時間話をする。
何故か「多分大丈夫だと思うけど、もし私に何かあったら父と母を宜しく頼むね」と伝えると、疲れたので歯を磨いて寝る。
日付が変わったころ主人が帰って来たので起きてご飯を作るもぐったりして力が入らない
クリスマスケーキを一口食べて寝る。

12月26日
朝起きられなくて朝のゴミ出しが出来ず珍しく腹立たしい気持ちになる。
何時もなら腹を立てるのではなく自分を責める性格なのに、体調が悪いのに主人が手伝ってくれないからなのか、自分の怠慢へなのか、外側へ怒りをぶつけたのは今から考えると既にこの時には身体が動かなくなっていたからなのです。
そのまま眠っていたのか夜に「お粥食べる?」と起こされてビックリする。
ビックリしたのは主人がお粥を作れたということにです。
身体を少しだけ起こし一口だけ食べて「もういらない」と言ってそのまま寝る。
夜中トイレに行こうとしてベッドから落ちる。
身体が動かないし力が入らない。(痺れるような感覚はない)
両脇を抱えられて引きずられてトイレに連れて行ってもらう。
蕁麻疹がでた薬の副作用が原因ではないかと思い主人に話するけれど呂律が回らず伝わらない。
その時書いた字↓
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何度も何度も必死に「副作用」と言ってやっと伝わったところでベッドに戻る。
夜中主人に「トイレ?」と言われる。(どうも私が呼んだらしい)
トイレに連れて行ってもらうけれど、今度はトイレットペーパーが巻けないので主人に取ってもらった。

12月27日
朝8時半過ぎ「救急車呼ぶ?」と主人に聞かれて頷く。
薄く開いた右目の眼球が動かなくなっていて主人もオカシイと思ったようです。
もうこの時には目は見えなくなっていました
救急隊の方に(階段があるので)吊るされて外に出た肌寒い感覚と、出発していない救急車の中にいる記憶を最後に意識を失いました。


呂律が回らくなった時点で直ぐに病院へ行くべきでした。
※この病気では複視が出る人が多いのですが、私は強い乱視と弱視のため右目でしか見ていないため、複視は出なかったのではないかと思っています。
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# by zakuro-ami | 2016-03-08 23:50 | ビッカースタッフ脳幹脳炎 | Comments(0)
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12月中旬に高熱が出て、年末年始は意識を失っていました。
ビッカースタッフ型脳幹脳炎という原因不明の難病で、リハビリを経て退院し、今は自宅療養しています。

一週間前までは右目が半開きで遠くを見ているようでしたが、見た目は普通になりました。
家事も一通りこなせるようになりました。
けれど未だに手の痺れと視力が回復していません。
視力は焦点が合う距離が70㎝先のみで辛い、疲れてくると複視が出るのと、歩くと手ぶれ補正の付いていないビデオカメラみたいな揺れで酔いそうです。
細かい絵を描くのはまだちょっと難しいです。
回復には半年~1年かかる病気なので気長に待つしかありません。
後遺症として手の痺れは残るかもしれないです。

ビッカースタッフ型脳幹脳炎は意識が戻るまで本人もですが、家族が大変辛い思いをする病気です。
ここまで回復できたのも担当医の先生、看護師さん、リハビリの先生、看護師研修の生徒さん、同じ病室の方々、お友達、実家の家族や親戚、そして旦那ちゃんのおかげで、心から感謝しています。


ビッカースタッフ型脳幹脳炎は担当した先生も「教科書で見るレベル」と言うくらい珍しい病気で、30年間医師をしていてはじめてとのこと。
検索しても情報があまり出て来ないので私の経緯も記しておこうと思います。

まずは難病情報センターから引用
ビッカースタッフ型脳幹脳炎(平成22年度)

1. 概要
ビッカースタッフ型脳幹脳炎は、生命中枢である脳幹を主座としておこる 炎症性自己免疫疾患である。外眼筋麻痺や運動失調を伴うことが特徴的で、多くの例は未治療でも回復傾向を示し、一過性の経過を示す。四肢脱力などの後遺症 をきたす例が一部にあり、また、急性期に合併症により致死的となることがある。

2. 疫学
本邦での年間発症者は50-100人程度と推定される。

3. 原因
少なくとも一部の症例は、ギラン・バレー症候群と同様に血中自己抗体(抗ガングリオシド抗体)が介在する疾患と捉えられているが、詳細は不明である。

4. 症状
眼筋麻痺や運動失調、意識障害、四肢麻痺、顔面神経麻痺、構音障害などが高頻度である。

5. 合併症
急性期合併症として肺炎や尿路感染症、呼吸不全、深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症、不整脈、後遺症として四肢麻痺がある。

6. 治療法
ギラン・バレー症候群の治療法に準じて、免疫グロブリン大量静注療法や血漿浄化療法がおこなわれる。


※同じ病気でも症状が違う人も多いみたいです。
私の症状は『ビッカースタッフ型脳幹脳炎2』に続きます。
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# by zakuro-ami | 2016-02-29 22:20 | ビッカースタッフ脳幹脳炎 | Comments(0)
今日はコペルの6歳の誕生日。
溶血性貧血のコペル、病院でもしもの時に輸血して貰える型の合う猫を探しておいた方が良いと言われた。
7歳迄生きるのは難しいのかな?
いや、コペルは食いしん坊だからきっと大丈夫だよ(ФωФ)ノ
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# by zakuro-ami | 2015-12-14 20:24 | | Comments(0)
本日から開催しています。
※ホームページの調子が悪くてUP出来ないので、FacebookとTwitterで告知していました。
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『七つの冬物語』
2015年12月2日(火)~12月7日(月)
11時~19時 (最終日は17時まで)
art Truth (アート・トゥルース)
 〒231-0023
 横浜市中区山下町112-5 日絹パークビル1F
 045-263-8663
 http://www.yccp.jp/art-truth/
岡田富士子 高村有紀 高山礼子 田中アユミ 中井結美 永見由子 まつやまけいこ 

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再来年まで細密な油彩や鉛筆画を描こうと予定いるので、今回の展示はアクリルやクレヨンや色鉛筆で楽しく描きました!
もうちょっとクレヨンの荒い感じでラフに描きたかったのですが…中途半端に雑になってしまう…。
『CAFE KUKURU』実在するCAFE に集まる架空のお茶会です。
夢の中に出てきた青いクマ、我が家のアビシニアンのコペルと6年前亡くなったハリネズミのKUKU、KUKURUの長毛猫ちゃんも居ます。
夢にはバンビちゃんも居たのに忘れてた。。。
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# by zakuro-ami | 2015-12-02 23:47 | 創作 | Comments(0)
公募展『人形シンポシオンMIDOW展2015』に招待作家として参加します。

15日(日)は1日会場に居ます。(席をはずしていたらごめんなさい) 

※人形1体と鉛筆画3点出展します。
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本棚やケビントの中に硝子ドームに入った妖精があったらステキだなと思って作りました。
12㎝の小さな揚羽蝶の妖精です。
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翅は本物の揚羽蝶のものです。
実は後ろから見たお尻が可愛いのです♪
あとちょっと(キラキラを)手を加えたら硝子を磨いて梱包します。


アール・リベ人形学院主催の公募展 
『人形シンポシオンMIDOW展2015』

2015/11/15(日)-11/17(火)
11:00-18:00(最終日は-16:00)

御堂筋ホール心斎橋

大阪市中央区西心斎橋1-4-5 御堂筋ビル 9F

入場料500円

http://www.art-reve.com/?cat=20

≪招待作家≫
井桁裕子  石田百合  大山冨美子  佳嶋  鴨頭みどり  
くるはらきみ  河野滋子  柘榴(中井結美)  佐藤美穂  
高橋野枝  大竹茂夫  てらおなみ  中嶋清八  藤本晶子  
三上りあん  山本じん  山吉由利子  吉村眸  (50音順)

※招待作家の展示・販売に関するお問い合わせはアラビクにお願いいたします

珈琲舎・書肆 アラビク/Luft
 大阪市北区中崎3-2-14   
 t/f 06-7500-5519  
 mail cake[at]qa3.so-net.ne.jp

http://arabiq.jugem.jp/?eid=525 m
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# by zakuro-ami | 2015-11-13 01:08 | 創作 | Comments(0)
CDジャケットアート展、本日から始まりました。
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2015年10月29日(木)~11月7日(土) 会期中無休
11:00~18:00 (最終日17:00まで)
Gallery ARK
http://ark.art-sq.com/
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◆CDタイトルPrincesse de rien
◆曲名 Question De Philosophie
◆アーティスト名 RoBERT
◆選曲理由 美しいウィスパーボイスのロベールの曲を聴いていると、霧のたちこめる深い孤独の森の中で佇んでいるような幻想に陥る。繊細な森の中で手を伸ばせば何もかも消えてしまいそうで、無意識に涙が頬を伝うメランコリックな気持ちになる。
アルバムのタイトルのPrincesse de rienはお伽話の虚無の王女。哲学の質問(Question De Philosophie)は寂しい心の庭に風を起こす。。。ふと私の心も動いた。

写真が綺麗に撮れない…デジタルカメラのレンズが青系に写ってしまうし赤が飛んでしまう。。。蝶は金色なのです、この後金箔を散らしにニス塗りしました。


ロベールのSine/シィヌのCDを買ったのは1993年、奈良のジャンゴレコードでした。
学生時代の実習室ではフランス・ギャルとフリッパーズ・ギターが交互に聞こえてくるような環境でした。私はJane MarpleやMILKの洋服を着てZELDAやあがた森魚や嶽本野ばらのライブに一人で行っていた頃でした。
ジャンゴレコードでは他のSHOPではなかなか目にしない品揃えにコメントまで書いてあって、高校生の頃からよく行きました。
コクトー・ツインズやポール・ウェラーやフレンチポップやサイケデリックロックやジャズやスピッツはほとんどここで買ったかも。

なかなか情報が入らない時代だったから、Sine以外のアルバムが無いかフランスに行く度ロベールのCDを探し回ったけれど無くて、日本でやっと見つけたのがこのPrincesse de rienでした。
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# by zakuro-ami | 2015-10-29 23:17 | 創作 | Comments(0)
朝摘んだ薔薇たちに元気を貰う。
ブルームーン・エル・ラベンダーピノッキオ・粉粧楼・ブルーバユー・ローズポンパドール
秋の花は小さいけれど繊細で美しい色味。
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スプリット オブ フリーダム
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ラベンダー ピノッキオ
良い苗で無いからとプレゼントしてもらいましたが、丈夫に育っています♪
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ひより…可愛らし過ぎる♪
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レディ アリス スタンレー
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アイズ フォー ユー
玄関のドアを開けたらふわっとこの子のとっても良い香りがしてうっとりします。
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クイーン オブ スウェーデン
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アンティーク レ-ス
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ローズポンパドール
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ジュビリー セレブレーション
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ザ プリンス
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つる ラ フランス
蕾がいっぱいで楽しみです♪
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クレメンティナ カルボニエリ
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べビー ロマンティカの蕾
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ピエール ドゥ ロンサール
春の花ざかりが終わっても、夏の間もポツポツ絶えることなく咲き続けていてくれる。
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なんとこれもピエールなのです。
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夏は黒星病とカイガラムシが凄かったけれどほぼ何も手入れしていなかった…蚊が少なくなって歯ブラシでひたすらカイガラムシをこすり落としたら新芽がふさふさ出てきて沢山蕾を付けている。
薔薇は本当に手を掛けると答えてくれる。
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葡萄はほったらかしで散々でしたが、アケビはうじゃうじゃ実りました。
そんなに大きくならないで~!
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# by zakuro-ami | 2015-10-16 07:57 | 箱庭 | Comments(0)