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箱庭の森

zakurodoll.exblog.jp

薔薇と猫にかこまれ、絵や人形を童話のように創作する日々

下北沢バブーシュカさんの『おともだち』展に参加します。
6㎝位の小さな鉛筆画1点です。
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注目は黒猫ちゃんの右目ですw
ポストカードも7種類出品しています。
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# by zakuro-ami | 2016-09-30 23:56 | 創作 | Comments(0)
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2016年8月23日(火)〜9月4日(日)
12:00〜19:00 最終日16:00まで  月曜休廊

ギャラリーMalle
東京都渋谷区恵比寿4-8-3
tel 03-5475-5054
http://galeriemalle.jp/archives/5311

まつやまけいこ 「赤い蝋燭と人魚」
たかむらゆき 「美しく生まれたばかりに」
田中アユミ 「月夜と眼鏡」
永見由子 「港に着いた黒んぼ」
中井結美 「月夜と眼鏡」

五人の作家がそれぞれ小川未明の作品を自由に想起して描いた作品展です。
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私は「月夜と眼鏡」の童話からエピローグとしてイメージした作品にしました。
おばあさんへのお礼に満月の夜に白い野ばらの香水を届けに来た少女。
六角形の額は窓、円形のマットは月です。
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私は1点のみの参加になります。
小川未明の優しく儚く美しい世界観からのイメージを楽しみに来てくださいね。
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# by zakuro-ami | 2016-08-22 18:12 | 創作 | Comments(0)
退院後から現在

2月4日
退院した翌日は主人が会社を休み(もともとこの日が退院日だったため)掃除や洗濯を手伝ってもらう。リハビリを兼ね近所の車の少ない道をゆっくり歩いて食材を買いに行く。

2月5日・6日
母と妹が奈良から来てくれる。
リハビリを兼ねて近所のスーパーに付き添ってもらう。
年末の大掃除が出来なかったので換気扇や拭き掃除、アイロンがけ等をしてもらう。
まだ首が疲れるので30分に一度はソファに横になる。

2月12日
ボタニカルアートの方々に付き添ってもらい汐留のパナソニック電工のボタニカルアート展に出かける…かなり無茶をしたかも。
ランチをして銀座のプランタンまで歩き、チョコレートとパンを買って帰る。
電車の行き帰りとも座れ、複視が出ていないので風景の流れに違和感はない。
歩くのは相変わらず手振れ補正の付いていないビデオカメラみたいな見え方なのでゆっくり転ばないように気を付ける。遠近感が無いので階段は必ず手すりを持つ。
何度かベンチのある場所で休憩する。
久々に沢山お喋りをしてとても楽しかった。(疲れると呂律が回らなくなってくる)
心強いボタニカルメンバーのサポートのおかげで安心して遠出が出来た。
遠くを見ているようなぼんやりした目だと言われる。(眼瞼下垂)

2月17日~19日
妹が奈良から来てくれる。
病院に付き添いをしてもらう。
掃除や買い物を手伝ってもらう。
近くの動物園に行く。
妹が帰ったあとぐったり疲れる。
年末に録画しておいたフィギュアスケートを見ていると物が左右に二重に見える。(複視)
重なってではなく、くっきり2つに見える。
スピンなんかは刃がぶつかりそうで怖い。
※複視は3月中旬まで続き、近所のスーパーまでしか出かけられなくなる。
ガードレール2つに見たり、右から追い越した人が左右2人に見えたり、数メートル進むごとに片目にして確認しながら歩くようにしていた。

2月20~3月上旬
複視で外出が難しくなったので庭の薔薇の手入れをする。
3月までに終わらせたくて必死で頑張る。
重い鉢以外は一回り大きいものに植替え、根っこの確認までは出来なかった。
地植えは掘り返すことも出来ず、誘引と剪定だけ。
紐を結ぶのも良く見えないのでほとんど手袋をせず棘で傷だらけ、転んで膝も擦り剥く。
梯子の上でフラフラするので2階の屋根くらいまで大きくなりすぎたつる薔薇を6本根元から切ってしまった。

2月下旬~3月下旬
30年振りに酷い花粉症になる。
湿疹などアレルギーが強く出るようになる。

3月
人形教室の再開。
終わった後はクタクタ、フラフラに疲れる。
ボタニカルアートの教室に参加。
細密画は目が良く見えない。

3月中旬
複視が無くなった次の週はやたら眩暈がする。

3月下旬
歩いても手振れのような揺れも無くなり、しっかり速く歩けるようになる。
階段も手すりを確認しないで下りられるようになる。
軽い眩暈もする日もあるので朝の体調で判断する。
31日は初めて一人で東京まで出掛ける。

4月上旬~中旬
ハッキリ物が見えないため神経に詳しい眼科の紹介を受け多数検査をする。
・中心フリッカー
・矯正視力
・屈折(1以外)
・精密眼圧
・角膜曲率
・スリットM(前・後眼部)
・精密目底(両)
・眼底三次元画像解析
・精的量的視野(片)
・精密眼筋及び輻輳
・瞳孔機能(電子瞳孔計)
・調節
右目の赤色点滅への反応がギリギリ正常値の範囲でそれ以外は合格。
視力に関しては脳幹脳炎から回復したとの判断。
急に老眼が進んだのか…近く(20㎝位まで)を見る用の処方箋をだしてもらい眼鏡を作る。
普段かけている眼鏡は焦点が合わないけれどそのまま使うことにする。
乱視と弱視と近視と遠視があるので両目で見て0.6までしか見えない。
病気になる前は左目を殆ど使っていなかったけれど、少し使うようになったのか、以前より左目の瞼が大きく開くようになったように思う。

4月21日
誘発筋電図(4神経)検査
右腕と右足に電流を通して反応を見るのですが…先生の足に膝を乗っけての検査ってこれ如何に…。
1月7日に検査した時より反応は良くなっている波形が出ていた。(特に右手小指)
7日は目が見えていないのでこの検査をしていた記憶はほとんどない。
電流を流すと痛い部分もあるのに、痺れで相当感覚が無かったものと思われる。

4月下旬
ほぼ生活は元通りになる。
手の痺れは(左の方が痺れる)回復していない。
とくに気圧の関係か雨の降る前日から直前は痺れが酷い。
右目をつむるとギュギュッという音が鼓膜辺りに響くのも治らない。
神経内科では我慢するしかないと言われ、眼科では分からないとスルーされて困っている。
病気になる前より疲れやすくなったと感じる。
めまいの酷い日もあって、何をするにも以前より時間がかかる気がする。
無理が効かなくなったので徹夜したり、半日でいっきに庭の草むしりをする自信が無い。

5月下旬
中旬に頑張り過ぎてぐったりと疲れ下旬は一週間程ゆっくりする。
すると手の痺れが肘から下だったのが手首から下になり、痺れも和らぐ。

6月上旬
眼科での診察で以前から使っている眼鏡が『普通ではそんな眼鏡は作らない』と言われ驚く。
左右の差が激しく、普通なら調節出来ずこの眼鏡では見えないらしい。
これでも左右の差を縮めるために度を(0.5位に)落としているんだけど。。。
12月まではこの眼鏡で普通に見え、2月中旬まで複視も出なかった。
複視が治ってから近くが見えにくくなったのは突然老眼になったか、病気がきっかけの可能性はあるらしい。
右目は酷使していたけれど、左目は今まで使っていなかったからか凄く綺麗らしい。
左目を使うようになって複視が出たのか?
なんだか急に右利きから両利き(普通)になってどちらも慣れない感じです。
子供の頃から左右の目で色味が違って見えるからどうなるのかな?

6月現在
・倒れてから半年が経ち、普通に生活している。
・無理をすると翌日は何も出来ない。やっぱり疲れやすい。
・手首から指先の両手の痺れはまだ少しある。
・アレルギー体質が強くなった。(花粉症・手や首の湿疹)
・薬(メチコバール)の副作用で口のまわりに吹き出物が出来る。
・疲れると呂律が回りにくくなる。
・目が悪くなった?ハッキリ物が見えない(老眼?)
・副鼻腔炎の影響か右目をつむる度にボコボコ音がする(ドラマとかで使われる心臓の音に似ている)
・体温が35.5度になった(12月は35.1度)
・不整脈はあると思う。
不整脈は以前から。
祖母(ぺースメーカーを入れていた)・母(狭心症)・妹も不整脈があるので遺伝?
以前から検診の度に不整脈でひっかかる。
昨年2月個展の搬入が終わった夜と翌日と5月にも睡眠時に心臓が痛くなり、循環器センターで検査を受けていました。その後は大丈夫だったので激しい運動を避け、ニトロペン舌下錠を持ち歩いていました。


遅くなってしまいましたが、沢山の励ましの手紙やメールやメッセージをいただき、心よりありがとうございます。心強く、力となりました。宝物にします☆
お見舞いに来てもらったお友達からいただいたひざ掛けはソファに置いてあって毎日使っていますよ☆
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元気になるというのは体の中から力が沸いてくることなんだと実感しました。
そして前向きな気持ちが一番大切です。

このビッカースタッフ型脳幹脳炎の体験ブログなど珍しい難病で詳しく書かれている方は少ないため自分がどのように回復していくのかとても不安でした。
人によっても、そして年代別(特に20代)でも症状が違いますが…。
もし独り暮らしであのまま眠る様に意識を失い誰にも発見されないで10日間が過ぎていたら死んでいたと思います。
家族や両親、妹、友達の有り難さを改めて思いました。
この病気になった方やご家族の方に少しでも役立ち、安心していただければと頑張って書いてみました。
今の状態はまだ100%戻ったとはいかないのでまた一年後の症状も報告します。
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# by zakuro-ami | 2016-06-23 01:00 | ビッカースタッフ脳幹脳炎 | Comments(0)
同窓会があって大阪に行ってきた。
同級生と深い話をしながら新幹線で向かう。
残念ながら雲がかかって富士山は見えない。
そして会場に着いてテンションあげて行こう!と気合入れた瞬間、人見知りを発病。。。あんまり話が出来なかった。。。(ノд・。)。。。 (ノд-。)。。。あぁ。。。
幹事さん、いっぱいありがとう。
乙女屋さんで可愛いコサージュを買い、アラビクさんにでまったりしてから奈良に向かう。
父と待ち合わせて蛍を見に行くもいなくなっていた。
でも元気になってからの姿を見せられて良かった。
実家に寄ってから妹の家に行く。
キッチンの動線が最悪だったので配置換えと掃除をする。
明日食べるサラダも作っておいた。
夜中3時位まで話して翌朝妹は出勤。
約1時間ルンバの動きを観察。
金魚の電話ボックスも見てきた。
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浮いてる受話器がシュールやね。
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京都駅で待ち合わせて従姉とランチ。ご馳走様でした♪
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京都で行きたかったギャラリーが休館だったので神戸に向かい、
ギャラリーロイユさん行ってきた。
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ステキな展示でした。
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そしてロイユさんに教えて頂いた近くのアンティークのお店Siboraさん。。。
好き過ぎて鼻血が出そうでしたw
今後関西に帰るときは毎回寄ると思います。
http://www.sibora.com/
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旦那さんの建材等のお店。
http://www.sibora.com/cn40/pg143.html
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新幹線とお土産代だけ残して、ずっと探していたものを購入。
骨格や角など今回は我慢。
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最後に25年程前にバイトしてた旧竹中大工道具館に行ってきた。
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今度はあびこや諏訪ノ森や姫路にも寄りたいな。
あんなに雨が降っていたのに一度も傘を差さないでも濡れない雨女。(いつも)
2日で大阪(梅田大丸~中崎町)・奈良(生駒市・奈良市・大和郡山市)・京都(京都駅)・兵庫(元町~三ノ宮)と廻って翌日はぐったり疲れて洗い物すらできなかった。
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# by zakuro-ami | 2016-06-21 18:30 | 散歩 | Comments(0)
ザロフさんの企画『六月の死』に出展します。
新作1点(鉛筆画ハガキサイズ)と旧作2点(鉛筆画と油彩)を搬入してきました。
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もう一年以上も前に決まっていた企画で、まさか自分が本当に死にかけるなんて思ってもいなかった。
ちょうど半年前は意識不明で、三途の川に足をつけて彷徨っていたのかも。
新しい技法に挑戦して頑張ろうと思っていたのですが、5月後半体調を崩したのと『死』について考えていると気が滅入ってしまって挫折しました。
病気になって一番感じたのは『次に死ぬのが怖い』ことなのです。
復帰第一弾の鉛筆画は『微睡』
脳幹脳炎になって目が見えなくなり、ずっととろんとした半眼みたいな状態でいました。
夢か現実か分からず、意識朦朧と微睡(まどろみ)の中にいたイメージで描きました。
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写真は一月末の随分視力が回復して眼球も少し動くようになった時に病院のベットで撮ったもの。
(わざとじゃなくてこれが普通の状態だった)
それより前の主人に撮ってもらった写真は怖くてまだ見ていません。。。
2月中旬位もまだ『どこか遠くを見ているような目』だったと言われました。
不思議だなと思ったのは古い作品も『輪廻』(死と再生)をテーマにした作品が多い事。
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私以外の方々の作品が素晴らしいです!
『死』を連想させる恐ろしい展覧会かと思っていたら上品で美しい世界です。
雨と紫陽花の季節、静かな雨音を聴きながら楽しんでいただければと思います。
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ザロフさんで柘榴ジュースをいただきました♪
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# by zakuro-ami | 2016-06-01 10:44 | 創作 | Comments(0)
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昨日は箱庭の森の公開日でした。
薔薇ももう終わりで…なんとかギリギリもって良かった。
お昼から夕方まで人が絶えることなく、わいわい楽しく過ごしました♪
手作りのものからテーブルいっぱいに食べ物を持ち寄っていただいて美味しくいただきました!
私が時間を間違えてアタフタしていたのをお友達に手際よくセッティングしてもらって、とても助かりました~ありがとうございました。
遠い所からも遊びに来てくださってとても嬉しかったです。
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井の頭公園にあった宵待草のサロンで毎年「将来の夢」について語るのですが、10年位前に想像した『中庭のような緑の中での展覧会』を恥ずかしながら実現しました!
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一昨年薔薇の庭で見た幻想そのもの。
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いただいた器に、淡いピンクと良く似合う。
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幸せなひと時沢山元気をいただきました。
今日は人形教室、明日から制作頑張ります!
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# by zakuro-ami | 2016-05-20 23:59 | 箱庭 | Comments(0)
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金曜日、ボタニカルアートの授業の前に墓地と植物園に寄ってきた。
此処は私が初めに運ばれた病院の隣。
と言ってもそこに居た年末年始9日間の記憶は全くない。
そしてまたリハビリの転院で2月にこの病院へ戻る予定でした。
もし戻っていたなら歩く練習コースに植物園を毎日楽しんでいたかも。
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バラの展示素晴らしかった。
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我が家の庭はラ フランスが散り始め、ピエールが主役になりました!
日曜日がピークになりそうですが、公開日の木曜日まで持つかな…。
雨と風が心配。
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# by zakuro-ami | 2016-05-15 02:28 | 散歩 | Comments(0)
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雨が降る前に細密画を描くために摘んだ薔薇たち、
セシル ドゥ ヴォーランジェ・メアリーローズ・ルイーズ オディエ・ジャックリーヌ デュ プレ・コーヒールンバ
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今週末がピークかな?
19日まで持つか心配…。
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ピエールも咲き始めた。
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# by zakuro-ami | 2016-05-10 00:44 | 箱庭 | Comments(0)
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5月19日(木)知り合いの方にのみ箱庭の森の公開をしようかと思っています。
”箱”のように小さい、”森”みたいにぼざほさの”庭”で宜しければお越し下さい。
今年は花の付きが早くて19日まで持つのか…来週はずっと雨みたいなので薔薇の状態もどうなるのか心配ですが…。
12時から夕方まで、ひとり一品持ち寄りで楽しく出来たら良いかなと思っています。
紅茶とワインを用意しておきますので…お酒に合うものが嬉しいです(*^o^*)ノ
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# by zakuro-ami | 2016-05-05 00:24 | 箱庭 | Comments(0)
⑤退院するまで

1月21日
痛み止めの粉薬が無くなり、メチコバールだけとなる。
作業療法(OT)リハビリから帰ってくると主人が来ていた。
この日主人は会社を休んで前の病院での手続きを済ませ、こちらの病院で難病申請の手続き。その後一緒に一階の患者総合サポートセンターに行き、ソーシャルワーカーの方に会い、転院する回復リハビリの病院を3つに絞り込んで空きを待つことになった。
第一候補は交通の便や自宅に近い。
第二候補は交通の便と若年者の回復リハビリをしている事。
 (後に面会時間が早くて主人が平日に来られないのと評判の悪さから候補から外れる)
第三候補は以前いた病院。(私は全く記憶が無い)
10㎝位に近づけてなら細かい文字も読めるようになった。ただ直ぐに疲れるので資料の一覧表で場所を確認するのがやっとでした。
午前だけでも1階と6階を2往復、午後また1往復で車椅子の移動は気持ちが悪くなる。
主人がお昼にコンビニへ行くのでコンディショナー(無かったので髪がごわごわだった)・ジャスミン茶(目が見えるようになって他の入院患者さんが買っていることに気が付いた。それまではコップに水道水を入れて貰っていた)、ウエットティッシュ(食事前やリハビリから帰って来て手を洗いたくても3m先の洗面まで一人での移動が許可されていないし、看護師さんや介助の方は忙しそうで声がかけられなかったし、学生さんでは不可の決まりがあった)などを買ってきてもらった。
ペットボトルの蓋が開けられなくなるほど握力も落ちていた(43位あったのが22位)
主人も午後のリハビリに同行してくれた。
理学療法(PT)リハビリは頭が揺れると気持ち悪くなるのではじめは横になって足の運動。平行棒を使って歩いてから階段の昇降、それから廊下を歩いてみた。窓から「キャベジン」の看板を読んでみるけれど「??ベシン」が精いっぱいだった。
主人曰くあるき方は逆さの振り子みたいなロボットみたいだったと。
言語聴覚療法(ST)では話し方や発音は以前ととあまり変わらない(もともと呂律が回らない)と主人は言うけれど、私の中での点数は20~30点ぐらい。どうも自分に厳しいタイプらしい。
リハビリでも看護学生さんとも楽しく話したり突っ込みを入れたり良く笑って前向きに過ごしている。
夜に妹と母が奈良から来てくれた。
実は不足しているものが沢山あって心待ちにしていた。
下着やタオルや剃刀や洗顔やカーディガン、靴下、スキンケア用品や髪留めやゴム等を買ってきてもらうようにお願いした。
今週に入ってから下着が無くて寒かったし、リハビリをするのも紐で結ぶタイプのパジャマなのでおっぱいが丸見えで毎回テープで止めて貰っていた。
顔はお手拭きで拭くだけで化粧水も何も無かったし、袖の太いパジャマが入る大きいカーディガンも持っていなかった。
主人が洗濯できないのでタオルの替えはないし、この日まで我慢するしかなかった。

1月22日
朝食に異物が混入していた。しかも目が良く見えていないので少し食べてしまった。
どうも青梗菜の袋だったみたいで、看護学生さんが看護師さんに言ってくれて調理の方や師長さんや担当医等次々に誤りに来てくれて反対に申し訳ない気持ちだった。
理学療法(PT)リハビリでは階段を2往復し、手すりがあれば下りられることに安心した。(自宅に戻った時に階段があるため)
例えが変ですが、今までタコみたいに身体がぐにゅぐにゅだったのが、イカになったみたいに甲が出来て少し体の芯に力が入るようになった感じがする
午後母と妹が下着などを買ってきてくれて助かった。
前回来てもらったときは死んだように微動だにしなかったり、意識がまだ朦朧としていたので、元気になった姿を見せられて安心してもらって良かった。
けれど大きい声で「良かった、良かった」とは言ってほしくなかった。
入院している患者さんの中には症状が良くならない方もいるだろうし、気軽に言ってはいけない言葉なんじゃないかと思ったから。
デイルームに移動して話せばよいのですが、リハビリから帰って来て疲れていたのと首が辛くて気持ちが悪くなるので夕食で移動するまでベッドで横になっているしかなかった。
夕食でデイルームへ移動したときにそのことを話したら翌日はひそひそ声で話し、声が大きかったことを病室の方に謝ったそうだ。
病院のコンビニで何か買ってきて欲しい?食べたいものない?と聞かれたけれど食事が多くて全く何も思いつかなかった。「さっぱりしたもの」とだけ言ったらオレンジジュースを買ってきてくれたのがとても美味しかった。
夜中、隣の病室の男性が騒いでティッシュを投げたりペットボトルを廊下まで投げたりしていて看護師さん達も大変そうだった。数日前にも騒いでいたが、どうも入院を本人が受け入れられていないようだ。
安全ベルトで固定されて病院内を動き回ることは無くなったみたいで安心した。
この日はほとんど一睡もできなかった。
ベッドの壁際にもたれてベッドの柵で肩を揉むのが気持ち良かった。

1月23日
母と妹に自宅の水やりと買い物の追加をお願いしていた。
枯れているバラもある様で心配。
エレベーターホールの端っこの椅子が壁際にあるので、のけぞる様に頭を壁に付けると座っていられることが分かった。下着とカーディガンがあるので寒くなかった。
平衡感覚がおかしくて後ろに倒れるような感覚は無くなっている。
小学生の時以来家族で旅行していないので元気になったら行きたいという話をした。この日位から眩しさが無くなりサングラスをしなくなったが、眼帯は時折付けた。

1月24日
母と妹は主人が病室に着くのと交代に奈良へ帰って行った。
身体に芯?が出来たからか、胡坐をかいたりベッドにうつむきの姿勢が取れるようになった。
顔面の痺れがましになった。
主人が洗濯できないことで看護師さんに「それは出来ないんじゃなくてしないだけ、これからあなたが困るのだから言いなさい」と言われ、優しく言ったつもりが主人が泣いてしまった。一生懸命慰めた。
妹と母が来てくれたことで助かったけれど、主人としては気が付かなかったところを見せつけられて傷付いたのだと思う。
自分では精一杯やっていて、人に頼らず抱え込んでいつもこんな感じになってしまう…結局ギリギリまで我慢しても私がなんとかしないと駄目なんだなと、言ってしまった事に後悔して諦める。

1月25日
同部屋の入院患者さんが2~3日で次々変わり、仲良くなってもすぐに寂しくなる。
この土日は50代前後の病院では比較的若い人たちが同室で楽しかったのに。
リカバリールームから一緒だった隣りの方が私も難病だと知って難病申請の手続きについてアドバイスをくれた。それと6人部屋の真ん中は狭いから窓際に移動して貰ったら?実は自分も真ん中だったのを私がリハビリに行っている間に変えてもらっていたとのこと。
私は眩しかったので今までは真ん中でも良かったけれど…、たまたま午前のリハビリに向かうときに師長さんに会ったので「わがままだと思うのですが…」と願いを言ったら帰ってきたら窓際に変わっていた。月曜日は土日で退院する人がいるので移動の希望が出しやすい。広くなったのでオムツの山も邪魔にならず。歩行器も置く場所が出来た。
そして歩行器を使って自分だけでトイレに行って良いという許可が出た。
夜はご飯を食べた後眠くなるのでその時が唯一の眠れるチャンス。
消灯より早く寝て、夜1時過ぎに起きてしまうけれどこの機会を逃すと眠れなくなる。
どうも向かいの方も一緒のようだ。
ちょうど眠くなったころに主人が会社の帰りに面会に来てくれる…。
嬉しいのですが来てくれると眠れなくなるので身体が辛い。
病院にいることで病気になりそうだ。

1月26日
眼球運動は3~4mmに可動範囲が広がり、両目とも動くようになった。
物を見るときは右目は見開いた感じで左目は細く開く。
普段は半分閉じたようなとろんとした感じ。
言語聴覚療法(ST)リハビリは卒業レベル。
筋トレで肩が痛い。
この日からやっと常食(普通の食事)になった。ご飯は小盛りにしてもらうけれど多くて食べきれない。常食はメニューが自分で選べるのが嬉しい。
この日の夜に携帯電話を手元に置くようになる(それまでは主人に預かってもらっていた)

1月27日
朝気持ちの良い天気だったのでベッドから見える空を写真に撮ってFacebookに近況をUPした。短い文章だけどこれだけ打つのにも疲れて何度か休みながら時間がかかった。
救急車で運ばれてからちょうど一か月、なんとなく自分の中でこの日を退院の目標にしたかったけれど叶わなかった。歩けるようになった時には大丈夫かも!と思っていたけれど良くなる時があれば滞る時期もあって思うようには良くならない。焦らないで失敗(転んで怪我して歩けなくなったりとか)しないように頑張ろうと思ったのでその決意もあって投稿した。
理学療法(PT)リハビリではリハビリ室から正面玄関を出てスロープを下り立ち木でリターンして戻った。
今まで廊下しか歩いていなかったので気が付かなかったのですが、玄関ホールに出た途端視界が揺れて手ぶれ補正の付いていないビデオカメラみたいでびっくりした。
物凄くめまいがするけれど、足取りは安定しているので倒れそうではないのですが、こんなんじゃ生活できないとショックでした。

1月28日
午前で看護学生さんの研修が終わるので、挨拶に来てくれた。
良く気が付いて優秀で綺麗な人だった(マスクを外した顔は見ていないけど)いっぱいお世話になりありがとうございました。大変だと思うけど応援しています!寂しくなるなぁ。
そして10日間ぐらい部屋が一緒だった難病の方も退院されたが、また2週間後に戻って来るらしい。私はまだ未定なので分からないけれど、転院の予定なので会えるかは分からない。とうとう知っている入院患者は誰も居なくなってしまった。
理学療法(PT)リハビリは今日はいつもと違う先生が担当だった。首を左右に振るのは問題ないが、上にあげると眩暈で倒れそうになって支えられた。ゆっくり上げると大丈夫。慌てて信号を見上げたりしたらひっくり返るので気を付けなきゃ。
午後は友達がお見舞いに来てくれた。2時間ぐらい沢山お喋りをして嬉しかった。
学生さんもいなくなって寂しくなるのでそろそろ友達に会いたくなって何人かにメールをした。
主治医の先生が病室に来て眼球運動は8mm程度まで拡大していた。
この病室に来た時はほとんど見えていなかったので随分回復したし、眼球が動くようになって見た目も怖くなくなってきたかも。
この日から病室は年齢層が高くなったので挨拶ぐらいしかしなかった。

1月29日
ソーシャルワーカーの方が病室に来られて2月4日に前にいた病院のリハビリに空きが出る連絡があったとのこと。第一希望の病院は連絡が付かないそうで、土日はソーシャルワーカーの方が休みで埋まってしまうのも嫌だったので転院する意志を伝えた。
理学療法(PT)リハビリで正面玄関のホールに出た時は前回よりブレが少なくなっていて驚いた。勝手に目が学習したのか???「どうしてまだ歩行器を使っているの?」と言われた。PTの先生はアグレッシブにと私もびっくりするぐらい早く歩く練習をさせてもらったけれど、看護師さんたちは怪我をさせてはいけないから物凄く慎重だ。私の希望だけでは許可が下りないのでリハビリや主治医の先生から連絡がいかないと看護師さんで判断できないこともある…反対にその辺がどうなっているんだろう?と思った。
病室に帰ってから私も歩く練習をしたい希望を出し、リハビリの先生も連絡してくれたからか病室の有るフロアでは歩行器無しで歩いて良くなった

1月30日
リハビリが休みだったので階段や歩く練習を自主的にしていた。
自分が汗臭く感じて看護師さんにお風呂に入りたいと伝えたが、今日は女性の入浴日だけれど、介護が必要な人は忙しくて無理だと言われた。
看護学生さんに2度入れて貰ったけれど、私も(多分看護師さんも)頼り過ぎて入浴の計画を考えていなかった。
遠くの方で看護師さんたちが「編み込みが…」と話しているのが聞こえた。もしかしてネックになっているのはそこ?と思っていたら優しい看護師さんがいて急に入浴の許可が出た。ほぼ自分一人で出来ることも見てもらって良かったかも。それにしても浴室の背もたれのある椅子は座面が高過ぎて足がしっかり床に着かない。石鹸やリンスで滑ったら危ないと思うのにどういう事だろう?
髪を乾かした後自分で編み込みにしたw
向かいのおばぁちゃんと仲良しになって「若いのに可哀想と思っていた。頑張ってね。」と励まされて嬉しかった。
おばぁちゃんは熱が下がらないらしく何回も熱を測っていた。
夜10時過ぎ、向かいのおばぁさんからインフルエンザ反応が出ましたのでマスクをして1週間タミフルを飲んでくださいと言って起こされた。嫌だったけどタミフルを飲んだ。そしておばぁちゃんは内科の病棟へ隔離された。「うつしたかも知れないごめんね、ごめんね」と言われておばぁちゃんの気持ちを考えたら辛くなった。「大丈夫ですよ」とは言ったものの、連絡先も知らないので今元気であることも伝えられず、おばぁちゃんはずっと気にしているかもしれないと思うと生きていくために強くなるのは難しいと思った。

1月31日
インフルエンザ反応が出るかもしれないので病室はもう一人のおばぁちゃんと2人だけ…そうか…私たちも隔離されているのだ。
そのおばぁちゃんも「咽喉が痛い、うつったかも」と37度程の微熱が続いているようだ。気持ちの問題も大きいんじゃないかと思って、私はウイルスをパンチする気持ちでいてた。
人通りのない所で階段や歩く練習を自主的にしていた。
お友達にお見舞いに来てもらおうと思っていたけれど、インフルエンザの件があって見送り。
主人にアイスクリームを買ってきてもらって食べた。
デイルームで一緒に夕食も食べた。
夜いつものように眠れず考え事をしていた。
体調に波(気圧の影響?)はあるけれど目標としていた坂道や階段も上り下りできるようになった。
まだ目はハッキリ見えないし平衡感覚も変でフラフラする。けれど生活するのに慎重にしていれば何の問題も無いのではないか?もうリハビリは必要ないのでは?次のリハビリ施設でまた一から始めたら退院するのに最低1週間かかるだろうし、それよりも家に戻って早く生活を戻した方が良いのでは?転院することは反対に時間のロスでマイナスになるのでは?

2月1日
もう一人のおばぁちゃんも予定通り退院することになって、励まされた。そしてTVカードを貰った。とうとう病室で独りになってしまった。
作業療法(OT)リハビリで退院したい旨を伝えた。
急展開、「明日リハビリと主治医の先生を交えた会議があるので今からテストをしましょう」ペーパーテストは満点だったけれど、膝の上で手のひらと甲を高速で交互に叩くテストで右手だけが7回目くらいで引っかかった。2度やっても同じで、右手に障害が残るかもしれないと言われてショックでした。
家の間取りも描いた。手摺とか段差とか階段とかIHコンロの確認をした。
言語聴覚療法(ST)リハビリはもうすでに卒業レベルでしたが、「あ」の時に鼻から息が漏れるのだけが引っかかった。
理学療法(PT)リハビリは病院の前の公園の階段を歩いた後勾配の有る歩道を歩いた。
休憩することも無く歩けて自信につながった。
夜トイレに行こうとスタスタ歩いているところを丁度巡回に来た主治医の先生に見られてて「退院しても良いんじゃないかな?」と言ってもらえた。
先生は当初目が見えるのは3か月位、秋くらいまではかかると思っていたらしい。
退院できる可能性が大きくなってきた。
インフルエンザは熱が出なくて大丈夫だったようですがタミフルは飲み続けなければならなかった。
病室は5人になっていた。
1~2泊くらいの元気な高齢の方が多く、可愛がってもらって楽しくおしゃべりをした。
1時間位テレビを見た。というより目が疲れるので聞いていた。
夜眠れない。16日から3時間位の睡眠でしたが。この日は40分位しか眠れない。

2月2日
作業療法(OT)リハビリは今日もテスト。
此処は何区?と聞かれなかなか答えられない。だって意識が無い間に救急車で運ばれ転院してきたし、目も見えていなかったから全くわからない…けどカンで答えたら偶然正解した。
記憶力のテスト、『あ、よくある問題だ!』と思って注意していたのに、計算問題(凄く時間がかかった)を解いているうちに最後の言葉を忘れてしまってショックだった…。ヒントで即答したので問題はないらしいけれど、30点満点中29点で悔しかった。
緊張もあったけれどぼーっとして頭が働いていない気がして、やっぱり病気で脳の反応が鈍くなっているんじゃないかと心配になった。
理学療法(PT)リハビリは公園を歩いた。
公園の階段は下りるとき手すりが無いと心配で転ぶよりかは良いと思って掴んでいた。
部屋に戻ると看護師さんに一人でお風呂に入りましょうと言われた。
時間通りに問題なく出たけれど、これもADL(日常生活動作)テストの一つだった。
そして退院が正式に決まった
夜は手術を終えられた向かいの方の酸素ボンベの音と振動で眠れない。
一番端の方が「音が五月蠅くて眠れない」と訴えていたけれど、「あなたも明日あれを付けるんですよ」と看護師さんに言われ「迷惑を掛けるわ、申し訳ない」と落ち込んでいた。
私もまた明日も眠れないのか…と思った。
そしてこの眠れず、退院することが決まったので気も緩みだんだんと辛くなってきた。
夜中看護師さんに睡眠薬がもらえるかと聞くと「許可が下りていないので可哀想だけど我慢してもらうしかない」と言われた。
ビッカースタッフ脳幹脳炎は睡眠薬の服用に問題があるのかな?
結局全く眠れなかった。

2月3日
眠れないこともあって4日の朝に退院するのであれば今日の夜に退院したいと言ったら「それが賢明だ」とあっさり許可が出た。
作業療法(OT)リハビリは今日もテスト積み木を図形通りに並べる。時間をオーバーしたらその時点でアウト。得意な問題で最期まで出来たしとっても楽しかった。並べ方が個性的で驚かれたのもあった。
転んだ時に起き上がる動作、洗濯物を干す動作なども確認。
理学療法(PT)リハビリは公園を歩いた。今日は手すりを持たずに歩けた。
後からADL(日常生活動作)の点数を見たら95点で手摺の減点だった。
ということは最終日100点?で卒業となった。
午後のリハビリから戻って退院の準備を始めた。
最後の夕食は節分の巻き寿司だった。
夕食の後歯磨きをして着替えた。
オムツなどは病院に寄付した。
医療費通知書・領収書・明細・薬(メチコバール)を受け取る。
タミフルは入っていなかった。
ナースステーションに寄って挨拶し、会計をしてタクシーで帰った。
車に乗ると風景がどのように見えるのか不安でしたが、頭を背もたれにつけて動かないようにしているとブレや揺れで気持ちが悪くなることはなかった。
外階段、屋内の2階への階段ともゆっくり手すりを持てば問題なく上り下りできた。
クローゼットの上にいたノア(猫)がニャーニャーとないて下りてきた。
夜はノアを腕枕して久々にゆっくりと眠れた。
ちょっと強引に(1か月位早かったかも)退院したけれどやっぱり自宅が良い。



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# by zakuro-ami | 2016-04-15 00:07 | ビッカースタッフ脳幹脳炎 | Comments(10)